声オタおにじくんの声学審問H!

過激派で有名な(?)おにじさんが、声優の事を語ったり。

おにじさんは論じたい② ~過激派たちの愛好声優論~

ちゃろ~、おにじです(激寒)

 

今回ですけども、まぁ以前ブレーキをぶっ壊して嫌いな声優のブログを書いたわけだが。

 

oniji.hatenablog.com

 

 

これを書くことに関しては特に何の抵抗感もなかったというのが正直な所だし、前々から書きたいと思っていたことではあったのだ。

あそこまで嫌いな理由を語る人間なんているのか?レベルに並び立てた理由だが、ああいうのを割としっかり考えまくっているのが筆者の所がある。

好きの為には嫌いが必要だし、嫌いの為には好きが必要である。

あらゆる主張をクソみたいな素人がする上でのある意味での名刺みたいな所もある。

社会人において名刺も出さずに何かしますか?って話である。至極当然の事をちょっと120%でやり過ぎているだけである。

 

ただ、あそこまで書いてしまった以上、自分がただの文句言いでは無いことを証明したつもりが、逆にこれここまでめっちゃ考えている文句言いとも取れるのではないか?と不安になってきた所がある。

まぁ注釈を幾ら重ねた所で日本語が読めない人間はもうどうしようもないのだが、そうは言っても嫌いだけを語っているのは問題でしかないだろう…という所はある。

ということもあり、今回は筆者が好きな声優の好きな理由についても言語化しておこうと思う。

理想が高いとか、なんだかんだ言われそうな筆者の好き嫌いだが、理由という所を付け加えるだけでも説得力というのは違うように思える。

 

薄っぺらい”好き””嫌い”が好きではない筆者にとって、これは双方共の言語化をしておかないとちょっとアレなのでは?という危惧がある。

好きにも礼儀はあるし、嫌いにも礼儀はある。別に嫌いの方を書く事が楽しいなんてことはないが、

結局の所、好きを語るのはある意味で楽しい作業だし、非常に難しくはあるけどやろうと思えば腰は上がりやすいが、嫌いは楽しくもないし、腰は上がりにくいのである。

その両方をちゃんとやっていないと、何の説得力もない素人オタクがとやかく言うのって失礼じゃね?って感じである(やった所で失礼なのに変わりはありませんがやらないよりは100倍マシだと思いますね、ハイ。)

割といつも考えながら聞いていたりはするので、書けることは書けるが、多分凄い細かい話をし始めるのは許して欲しい所である。

 

好きじゃないに好きじゃないと言い、好きに好きという事がある意味での健全であると信じ、その声優の何が好きなのかを今回言語化していこうではないか。という事である。

好きがあるという事は嫌いが存在するはずなのである。前回の嫌いの記事でも書いたが、嫌いがあって好きがあり、好きがあって嫌いがあるのだ。

その理由、根拠、何がどうなってそう思うのか、という所が基本的に一貫していないとおかしいよね?って事で、好きではどういう考えで好きになっているのか、ある意味での筆者側での整理にもなって良い機会かなとも。

 

というわけで今回は『おにじさんは論じたい ~過激派たちの愛好声優論~』と題して、好きな声優が如何にどう何で好きかという事を記していく。

 

発信と主張を続けていく上で、なんだかんだと個人の考えという部分を出しておくのは悪いことではないと思うし。

ただ、声優名鑑と基本方向性が被りまくっているので、同じような事しか言わねえな…って場面があるとは思うのだが、それはなんとか許して頂きたい。

それはある意味一貫性があるって事で…ね?

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花守ゆみり

まだ22歳らしいよ、この人。表現者として素晴らしい方向に進み続けている人間を好きにならないわけがないだろう?

スワロウがまだポニーキャニオンアーティスツという名前だった頃(正確にはポニーキャニオンアーティスツからスワロウという声優部門が独立したのでアーティスツは今も現存しているのだが)に出てきた声優である。

 

彼女の強さという点は…という説明はもう必要なくない?

ここに上げる声優演技が良いから上がってるんだよなあ…勿論他の付加価値にも注目する際はあるだろうけども。

その演技力の高さというのは、メインの初手である『えとたま』のウリたん辺りからあるのはあったが、当時はそこまで明確な強さを確認できたわけではなく、どちらかというと『かわいい』を主とした声優であったように思える。(当時まだ19とかその辺だったと思う)

 

『かわいい』から『うまい』に変化していく過程というのが、彼女には存在し、その過程どおりに筆者は好きになっていった所はある。

ただ『えとたま』への出演があったことにより、筆者は前述の通り村川梨衣好きであるため、花守ゆみりこと”はなべえ”(村川梨衣命名)の事を気にかけていたことも事実である。

 

彼女の上手さというのは、特定のキャラクター性に対しては独特な発音方法を使う所が分かりやすいかもしれない。

灼熱の卓球娘』旋風こよりや、『ゆるキャン△各務原なでしこのような明るく、主人公タイプのキャラクターにおいて、この特徴的な方向性が出てくる。

特に各務原なでしこで頻発しているのだが、セリフが始まる直前に「ぅ」や「ぃ」、「ん」が入り、息が多く入っているシーンが割と散見される。

 

「リンちゃ~ん!」や「いいなぁ~!」等が誇張して書けば、

「んんリンちゃ~ん!」とか「ぅういいなぁ~!」みたいに、最初に溜めという感じで発音と息が入っている感じ…というのがまだ分かりやすいのだろうか。

 

 この「ぅ」や「ぃ」、「ん」に息が多く入っていることによって、セリフに溜めと勢い(溜めてから爆発!みたいな)が出来て、キャラのテンションが高い感じや天真爛漫感をさらに印象づける事が出来る訳である。

このような独特とも言える表現を始めとして、彼女は非常に高い次元での演技力を身に着けているように思える訳である。

 

彼女の演技能力の高さと声の引き出しの多さというモノが本格的に形となったのが『結城友奈は勇者である~鷲尾須美の章~』の三ノ輪銀である。

彼女の演技能力が確実に一段は上がったと感じさせる演技である事は、この数年前にゲームとして販売されている『結城友奈は勇者である 樹海の記憶』の三ノ輪銀と比較してみるとよく分かる。

キャラクターの捉え方という面もそうだが、デビューして割とすぐのゲーム時代から、この映像化までの間の成長っぷりが非常に分かりやすい。

カッコよく、可愛く、叫べて、泣けるキャラクターである三ノ輪銀は、少年声に近いキャラクターにスイッチした事もあり、三ノ輪銀以前までの可愛いキャラという方向とはまた違うものを示すことに成功した為、声の引き出しというところでも評価を上げ、演技において彼女のキャリアハイの一つと言える。

 

また前述した『灼熱の卓球娘』旋風こよりや、『ゆるキャン△各務原なでしこも代表作の一つだ。

前述の独特な発音などの技法もあり、キャラクター性をよりはっきりと、分かりやすく、そして上手く演じられている。

三ノ輪銀とこの二人の雰囲気は大きく異なるし、同じ声優云々言いたくなるのはこういう奴である。

 

筆者が平成二大最低アニメとして挙げる『ポプテピピック』だが(趣旨からずれるためアニメ側の云々は割愛)、2019年に放送されたTVスペシャルにおいて、東山奈央×花守ゆみりというゆるキャンコンビでの回が存在するのだが(玄武ver. Aパート)

ここでの所謂ランボーパロディでの切迫の演技は、花守ゆみりの強さを体現しているシーンであり、ポプテピピックの数少ない功績の一つである。

 

かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』の早坂愛は、彼女の能力を活かした作品であった。

冷静沈着でクールなキャラクターだが、ギャルモードやら、ハーサカモードやら多くのモードが存在する役で、そのキャラの違いは別人のようなものである。

このキャラクターを持ち前の演技幅で花守は演じきっている。

特に二期のハーサカ等はより別人感を思わせるものだったかもしれない。

 

彼女の能力の高さというのは、この演技力と演技幅にあるということだ。

叫べて、可愛いから少年まで、年齢も結構お手の物の幅は、彼女が表現者を目指しているという想いと非常にリンクしており、有言実行感がある。

 

キャラソン等もちゃんとキャラクターで歌えているという感じはあるし、総合的な能力の高さというのは中々のものがあると思う。

なお膝を完全に壊しており、『Re:ステージ』は降板し、嶺内ともみアイムエンタープライズ)に変更。

なおラストライブの映像を見たが、アレは膝壊してるでしょ(壊してるって言ってるだろ)

m&iへの移籍の時は「気でも狂ったのか?」とまで思ったわけだが、役者としての前進はむしろ移籍後の方が大きいのかもしれない。

”可愛い”という所”だけ”から脱した数少ない有能若手声優。これからも常に役者として驚かさせ続けて欲しい。

 

 

大地葉

ある意味一番『これぞ声優!』って言うのはこの方なのかもしれない。

なんでもやれて、なんでもやるのがこの方。出演作品数という概念なら、紹介する声優で最も多いのではないだろうか?

恋愛ラボ』で初主演を獲得してから、割と長い道のりだった感がある彼女ではあるのだが、そこまでに踏んできた場数がエグイ数となっており、まさに経験が今の能力にしているという所はるかもしれない。

恋愛ラボ』は他が沼倉赤﨑水瀬佐倉だったこともあるし(この時水瀬は初主演だから、水瀬と大地が初主演組だったんだが)、キャラとしてもどっちかと言えばボソボソ系だったのもあり、正直そんなに気にしていなかったし、他全員が売れるもんだから『恋愛ラボ最後の砦』の表記をした時もあった。

 

実際に30分アニメでのメイン役としては2013年である恋愛ラボから3年空いて2016年までいかないとないという事実はある。

ただ、彼女の凄いのはそのメイン役以外での出演数のエグさと、その引き出しの多さである。

年15作品レベルでメインではない役で大量に出ているというのは凄い。

 

彼女の凄い所は、年齢も性別も問わないその声幅である。

Wikipediaでの情報でも理解できるが(幼少期)であったりの役が目につく。

ロリにしろ、ショタにしろという感じではあるのだが、ここを彼女は多くやっており、その安定感は素晴らしいものがある。

最近は男の幼少期も男性声優が演じることも多くなったが、彼女の登場回数というのはそこまで減っている感じではない。

 

これでいて、作品の中では割と高齢側になる女の役とかも普通にこなしたりしているし、普通に可愛い声とかも出せる。

決してメインの役が多いわけではないので、他の声優ほど具体的にここのシーンのココが…というのを言うのはぱっと思いつかないのだ、その幅広さというのは、作品を見ていくだけでも分かるモノである。

 

プリンセス・プリンシパル』のドロシーは、作品内では結構年齢が上な役であり、スパイ仕事的にはお色気担当だが、とにかくええやつだけど不憫みたいなクッソややこしい役なのだが、これを非常に上手く演じている。

とにかく不憫な所で、そういうところでは演技力が非常に出ている。

 

その一方で『ガルーズ&パンツァー』ではアホだけど明るいペパロニを演じている。

まぁ系統としてはかなり違う方向だし、これだけでの中々の能力の高さを感じる所はあるわけである。

ペパロニがいるアンツィオ高校は割と作品内でも人気だし、ペパロニのキャラも好まれている印象。そのキャラクター性をしっかり出せているというのが素晴らしいのだが。

それでいて、同作品においてオラオラ系のムラカミを最終章では演じていたりするわけで。まぁこの幅の強さが一作品で!!!!という所はある(まぁガルパンは兼役多いのはそう)

 

そんでもって『アズールレーン』の綾波とかの、感情が表に出ない感じでありながらボソボソまでは行かない声とかも合ったりする。こういう役は奥が深い側の方に分類しても良いのかもしれない。

 

僕だけがいない街』では男の子役(ケンヤ)もやるし…メイン級の役だけを抜粋してもこの幅の広さである。

 

ちょっと幅を広げてみれば、『ノラと皇女と野良猫ハート2』ルーシア・オブ・エンド・サクラメントとかは低音キャラだったりするし、とにかくこの守備範囲の広さが素晴らしい。

まさにどこにでも置ける、どこででも呼びたくなる声優という感じである。

このどこにでも置ける、どこにでも呼びたくなるという事がどれだけ難しいことなのかという事。この万能っぷりがマジで声優って感じがしてホント好きである。

 

演技に関しても非常に能力の高さを感じることが出来る。

特に『プリンセス・プリンシパル』のドロシーに関しては、普段の感じと任務中の感じとかの切り替えであったり、前述の不憫な場面での演技など、多くの魅力を見ることが出来るのではないだろうか?

キャラクターソングと言う意味でもかなり安定している部分があるし、比較的常識人側でもある為に、まとめ側も可能。

あらゆる方向性において万能感が強く、いてくれると安心できる声優である。

めっちゃ人気の声優!!!っていうわけではないのだが、こういう有能はちゃんと評価しておきたいと思う訳である…

 

 

上田麗奈

素材”は”いる81の大エース。

所謂『憑依型』の完成形と言っても良いそのレベルの高さには驚かされる。

その能力の高さはかなり前からあったのだが、とにかく2018年頃まで代表作に恵まれなかった時期はある意味でヒヤヒヤした所はあったが、現在では十分な人気声優と言えるだろう。

 

彼女の能力の高さは、説明するまでもないその『憑依力』の高さである。

無尽蔵の声幅を持っているという所までは言えないかもしれないが、この憑依力の高さが、演技力を大きく引き上げ、キャラクターに魂を吹き込んでいる感じが物凄くある。

切迫感が出る…という表現が一番簡単な表現なのかもしれないが、本当にキャラクターが思っている…という風に感じられるというのは、声優として最大の褒め言葉のひとつなのかもしれない。

そういう意味でも、この人はある意味気付かれるのが遅すぎた側に分類されるべき声優なのかもしれないが…

 

てさぐれ!部活もの』の園田萌舞子で一番最初に見た訳だが、まぁ簡単に言えばモブ役は全部上田麗奈であり、どれだけEDのキャスト欄を上田麗奈で埋められるか大会だったわけだが、思えばこの時からやたら違う声だすな…という感じではあった。あとやたら絵がリアルな人。それくらいの印象だったのかもしれんが。

 

彼女の憑依力の高さを手っ取り早く伝えるのはやっぱり『アイドルマスター ミリオンライブ』の高坂海美であろう。

あの運動することにしか目がないまである活発な女の子を、彼女が演じている訳だが、その落差と言ったらすごい。

元々の素の上田麗奈はやわらかいというか、ふわふわふにゃふにゃしているのだが、演じるとマジで活発な女に100%変わるので、おかしいのである。

ライブ映像とかでの歌とかを見ると完全に人が変わっているのを理解できると思うのだが、これが憑依型って奴である。

根幹から人間変わってんじゃねえか?ってくらいに変われるのは努力と才能が組み合わさった形だろう。

このテンション高い傾向はあとは『ハッカドール THE あにめ〜しょん』のハッカドール4号等がある。

 

彼女の憑依力という大きな長所というのは、『ぶっ飛んだ演技をする時にやりきれる』という要素と、『緻密な演技が可能である』という点である。

彼女はそれなりにメイン役をやり続けてはいたのだが、ほんとうの意味でちゃんと見つかったのは2018年の『SSSS.GRIDMAN』新条アカネと、翌2019年の『私に天使が舞い降りた!』星野みやこである感は否めないわけだが、この2キャラクターは前述の二つの長所に該当するのではないだろうか?

 

『私に天使が舞い降りた!』ではそのオタクっぷり、やべーやつっぷり、引きこもり感っぷり含めそのみやこのキャラクター性を爆発させており、

そのキモい笑い方であったり(褒めている)や、コスプレ見られて死にかけてる所等の感情表現に当たる部分でのやたらデカイ反応がキャラクター性をより引き出しているように思える。

全力でやりきるの延長線上が憑依というのが正しいのかもしれないが、こういうぶっ飛んだ演技の時に120%ぶっ飛べるというのは演じる上で必要な要素のように思える。

 

『SSSS.GRIDMAN』新条アカネはその表向きの顔と、裏での顔の大きな違いと、この作品の全体にある自然な演技という部分が両立されており、

ギャップが有る上で、可愛く、また怖く、また…みたいな所がある。

特に4話のアカネの合コン前後からの下りは、外面の良さの作っている感と、六花との微妙な関係性の雰囲気と威圧感、確実にイライラが溜まっていく過程の演技、

限界を超えて立ち去る「ああ~!ごめんなさい。うちそろそろ門限が…」のイライラ押さえている感じと外面感。

「最悪」の息の入り方とかね。こう後になるほど声が大きくなるわけですけど、「さいあ」までは息多めで、「く」のもう喉を鳴らしてるという感じではない息の使い方とか、心情をすげえ表せると言うか。

怪人を操っている時に割と本気で楽しんでいる感が出ていた時のやべーやつ感とかもたまらないのでは?

 

キャラクター性に対しての回答が素晴らしい上に付加価値を乗せてくれる声優。

どんなキャラクターにでも心情が100で伝わってくる感じがするその憑依能力の高さ。

全体的に素晴らしいという他ないだろう。

 

Lantisよりソロアーティスト活動中。

とにかく雰囲気として全く媚びない、1アーティストとして攻めている感じが好感が持てる。

声を張るような歌をほとんど歌わない、ゆったりした楽曲が並ぶ。

1st Album『Empathy』は特に良い楽曲が揃っている印象で、声優ソロアーティスト感が著しく少ないのが特徴。

優上田麗奈というよりも、表現者上田麗奈というのが適切なのかもしれない。

 

…というよりは、表現者という表現はこのような次元で語られるべきなのかもしれない。

驚異の憑依力によって実現される生きたキャラクター性と、そこにキャラがいると思わせられる演技力。

その能力はソロアーティストとしても一表現者という雰囲気を出せる上に媚びる必要性もない。

上田麗奈は、最強の表現者の一人なのかもしれない。

 

 

黒沢ともよ

声優という職業には色々な行き着き方が存在するわけだが、子役経由、舞台経由という場合が存在するのはよく知られたことである。

黒沢ともよという声優はその両方を通ってきた声優の一人であり、今も舞台に立っている、彼女もまた、最強の表現者の一人である。

 

その並外れた演技能力、表現能力は子役時代、また特に舞台で磨き抜かれている感がある。

一度、過去の子役時代の映像や、舞台での映像を見てみると良い。彼女の能力の根幹にはこの要素が欠かせないとしか言いようがない。

子役、舞台時代からの演技力が半端なものではないのだ、これが根幹にあるんだから、そりゃ並の声優じゃ到底勝てないわけである。

大河ドラマ含めての多くの出演と、舞台でのSoundHorizon招集を含めての活躍っぷりは、舞台女優として生きていく道も余裕であったと思わせるもの。

 

この基盤の上で、黒沢ともよの演技は成り立っているが故に、声優としての表現力が非常に高い。

他の声優と比べると決して多くの作品に毎年出ている訳ではないのだが、その一作品一作品の内容が濃い。

 

何と言ってもやはり黒沢ともよの話をする上で『響け!ユーフォニアム』の黄前久美子を外すわけにはいかないし、能力の高さを遺憾なく発揮したまさに代表作だ。

この久美子の演技の凄さは、その自然な演技能力の高さだ。

女子高校生としての普通感、自然感をここまで表せているのは素晴らしい。

簡単に毒吐くし、性格が決して良いとは言えない久美子であるが、その性格が良くはないという感じを演技の声で出せる。

しれっと毒を吐くシーンでの『しれっと』感等がそれに該当する。

声優という職業は、声だけで全てを表現しなければならない為、ある意味での誇張という作業が必要な場合が多い。

この誇張という要素が足りないと、逆に淡白に聞こえてしまう場合も存在する。だからこそ、ある意味での誇張というのは地味に大事なわけである。

 

とは言え、それを誇張とバレすぎるといけないわけで、そのバランスが重要で、これが出来る声優はだいたいちゃんと上手い演技をしてくれるわけだが。

このユーフォの久美子というのは、そこからもう一歩進んだ所に演技のポイントが存在するのではないか?と筆者は考えている。

前述したとおり、久美子というキャラクターの演技は極めて自然な演技という感じで、ある意味声優らしくないものだからだ。

 

この自然な演技という要素を声優でやる事は非常に難しい。

そもそも、ディレクションの段階でこういう方向でやる作品の方が少ないという物理的な問題も勿論存在するが、そもそもそれを出来る人間が少ない。

自然な演技を二次元においてすることは非常に難しい。

絵からの情報は勿論存在するがが、なぜ声優に誇張の要素がある程度必要かと言えば、アニメは実際に演じている人間の顔が見えるわけではなく、アニメキャラクターの絵であり、その絵では演者の表情や動きを完全に再現できるわけではなく、言ってしまえば不十分なものだからである。

仮に伝わってくる物が100だとして、声等の耳で受け取れる物を50、動きや表情等の目で受け取れる情報が50だとしてみよう。

実写の場合はこの両方からしっかり50と50が受け取れて100になるわけだが、

アニメの場合は耳の情報はそのまま50としても(実際はそうじゃない気がする)、目で伝わる情報は30とか40に下がってしまうようなイメージである。

これを声側でなんとか情報量を頑張って引き出して、55とか60とかの役割を担って100に近くするのが声優の仕事とも言えるかもしれない。

 

これが所謂誇張と言えるが、この久美子の場合は自然な演技の中で、キャラクターをしっかり立たせ、『上手い』と思わせられるのは非常に素晴らしいことだし、難しいところである。

今普通に生きていそうなキャラクターと言われるほどには自然な久美子の演技で、なぜ素人っぽくならずに、上手いの次元に行くことが出来るのか?この辺りは微妙なスキルが使用されているように思える。

勿論その上手さというのの代名詞はやはり「上手くなりたい」のシーンを外すわけにはいかないだろう。

「上手くなりたい」という言葉だけで15秒以上続くこのシーンは、彼女の発音と感情の込め方の多彩さが詰まりまくっており、緩急、抑揚、発音、息の入れ方全てが、久美子の悔しさを現していると言える。いつもの久美子らしくない雰囲気も含め、本音感も引き出しており、ここはベタなのだが、黒沢ともよの真骨頂とやはり言う他無い。

『声優に自然な演技は無理だから声優は使わない』とか言って分野外から引っ張ってくるどっかの大衆向けアニメスタジオは、本当に上手い声優は自然な演技も普通にできることをご存じないらしい。

 

また、彼女も発音という意味では『日本語に表すのが難しい発音』の面でもかなり上手い。

これは、例えば後ろから声をかけられて驚く…というシーンでの声とかが該当するわけだが、これが物凄く上手い。

「わっ!」とかそういうのであれば、プロの声優であれば基本問題なく出来るわけだが、上手い声優ってやつはなんか日本語に表せない発音とかで驚いたり、誤魔化したりするシーンが多い。

その発音できない言葉で驚きに加えて困惑とか、どうごまかそうかの思考とか、そういう情報量が一気に跳ね上がるのである。

堅実で着実にその上手いツボというのを押さえているのが黒沢ともよなのである。

 

第十二回声優アワード主演女優賞を受賞した際に代表作となった『宝石の国』フォスフォフィライトも演技の所が色濃く出ているし、9話からのキャラクターの雰囲気の変化をよく捉えているし、それまでの明るさとの対比が素晴らしい。

結城友奈は勇者である』の犬吠埼樹で彼女を知った方も多いだろうが、この時点から良いものを持っていたし、いままで散々泣かなかった樹が泣くシーンは、積み重ねと演技の力でかなり心を揺さぶられる。

ここまでの代表作だけで彼女の引き出しの広さを感じる。

 

これでいて、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』本郷ひと葉のような変な声まで守備範囲だし(あのアニメほぼレベル高い声優陣でしたね)

アイドルマスターシンデレラガールズ』では赤城みりあでロリをやりながらも、ライブでのパフォーマンスはあまりにも有名。

演技として必要なものを全て持っているまであるし、スキルがエグイのである。

だからなんで長瀞さんを黒沢ともよでやらなかったのか、これが分からない。主題歌上坂すみれキングレコード)とか言い出したら、やっぱりKACは筆者の敵であり続けるんだなと思うだろうけども。

 

 

小原好美

色々な現代声優がいる中で「ええやん」と思う声優はまかいないことはないわけだが、その中で小原好美という存在は最も目を離してはいけない存在である。

昨今でも堅実な声優を排出している大沢事務所からの声優であるが、彼女も一回は女優として2年活動した後に声優として活動を開始していたりする。

 

彼女も流石大沢の声優だなぁ…とか言わせてくれるような声優であり、若手屈指の声優の一人である。

元来、大沢事務所という事務所の強みというのは、その演技力の高さであった。

ある時は育成し、ある時は他事務所からの移籍でその能力の高さをキープし続けてきたわけだが(FA軍と言われることもしばしばあるが)彼女もその例には漏れなかったというわけである。

 

彼女の演技力の高さは大沢伝統の演技力能力と、彼女独自の引き出しの多さによって成立している。

この成立により、しっかりと『キャラになる』という所に帰結する訳であり、簡単に言えば”小原好美”という要素が演技からかなり少なくなり、キャラクターがちゃんとキャラクターになるということだ。(ただの(ここに声優名を入力)じゃねえか!案件ではないという意味)

これはある意味で至極当然の事だと怒られるかもしれないが、この要素は大事だし、意外と貴重だったりする。というか、そもそもここまで演技の声と地の声に結構な差がある声優は珍しいのかもしれない。

 

このキャラにしっかりとなれるという演技力要素に加えて、大沢らしくない、バリエーションの多い演技の引き出しという面にやはり注目をしたい所である。

大沢事務所という事務所は、所謂声幅というところではそこまで大きくない声優の集まりであるところの印象が強い。

大エース花澤香菜も演技幅タイプではないし、割と演技幅タイプっぽい茅野愛衣も間違えると大暴投をかます(ちゃんと投げさせればめちゃええ声優です)

その中で、小原は出てきて数年で多くのタイプのキャラクターを演じており、声の傾向も多く、大沢の良さと、独自の良さのハイブリッドのような物となり結果凄く良い声優になっている…という表現が良いのだろうか?

 

彼女のセンスの良さ…という面で一番分かるのは彼女の初メイン作品である『月がきれい』である。

この作品は、非常に自然な演技という所が重視されているようなアニメであり、キャラクター達にも大きな特徴がある訳ではない。

この作品は『プレスコ』を使用していることもあり、演者側で割と自由が効く演技をすることが可能な上で、役作りとかもなし、とにかく自然と演者の感覚を大事にした収録…というように、如何に自然に聞かせるか?そして、演者への負担が非常に大きい作品である。

 

この作品が初主演であった小原は、ここで素晴らしい自然な演技を見せている。

そこには”リアルな感情”という所も非常に大きい。

前述したかもしれないが、声優という職業にはある程度の演技においての誇張が必要なわけで、それを無しにとにかく自然に、自然に…という方向に行くと逆に物足りなさを感じたり、上手くないと感じる場合が存在するわけだが、彼女はそうではなかった。

 

特に最終回の泣く場面においての泣き方は非常にリアルで上手い。

すんなり泣くという感じや、普通に泣くという感じではなく、堪らえようとしてから泣いているというのが非常に伝わるのがポイントが高い所。

これをディレクションという所で補っているところが普通より少なめであり、小原自身の感覚の面が大きいという所に、彼女の演技及び感情表現におけるセンスの高さを感じずにはいられないのではないだろうか?

この時点で並外れた自然な演技と、感情表現を手にしていたわけだが、逆にちゃんとしたアニメでの演技はどうなのか?という所が疑問に上がったわけである。

 

しかしその点においては直後の『魔法陣グルグル』で払拭されていた。

逆にアニメアニメした役柄であり、しかも多くの声優が演じてきたものに対してのある意味での戦いだった訳であるが、これに対してちゃんと戦えたのは素晴らしい所である。

 

彼女のある意味での衝撃を与えたのは『あそびあそばせ』なのであろうが…

あの役はおかしかったからね、というか作品がおかしかったからね。

喉ぶっ壊すぞの勢いの作品は、あらゆる演じ方を提示してくれる作品でもあった。

あらゆるものを投げ捨ててやりきれるという所が分かったのは大きかった。

 

その後も活躍を続け、『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』の藤原千花では、アホだけどアホじゃない、とにかく振り回す、そんなキャラを演じており、

ウザいけどうざくなりすぎては行けないそのバランスが求められる役でそれをほぼ完璧に演じていた。

挿入歌『チカっとチカ千花っ♡』でもキャラクターソングの能力を発揮しており、まさに万能な力を見せていた。

 

その中で『まちカドまぞく』という作品が現れる。この作品は、彼女の能力としてのバランス感覚が非常に活きていた作品だ。

吉田優子通称シャミ子は、突然魔族になったけど偉そうに悪役にはなれない主人公であるが、このバランスが非常に難しい役ではあった。

運動神経も良くない”おばか”であり、それでいて優しい性格ではあり、でもまぞくとして威張ろうとしているところがあり、それが出来てはないところあり、でも頑張っているのもあり。

とにかく要素が多い主人公であり、この要素が多ければ多いほどに声優に求められる演技というのは難しくなっていく。

 

この演技のバランスが非常に良いもので、こういうのも出来てしまうのか!という驚きがかなりあった。正直小原のためだけにまちカドまぞくは見た。

愛されキャラでなくてはならない、その上で偉そうにしようとしているが…的な要素、悪役になろうとはしている所、でも体はついていかない等など、言ってしまえば多くの要素をどう上手くバランスを取ってシャミ子を形成していくか…という所の完成度が半端なものではなかった。

これはスタッフ側の厳しいディレクションの上で成り立っているものであるが、若干の男の子風味も感じつつの空回りすることが多くとも頑張るシャミ子を演じた時点で、この声優はマジでホンモノじゃねえかと歓喜したものだ。

 

歓喜しただけに、シャミ子に完全に引っ張られていたかぐや様2期で本当に思いっきりずっこけてしまった。

嫌いのブログの導入に使わせてもらったが、ありゃないぜってくらいにはもうシャミ小原子好美だったのでもう勘弁してくれという思いしか無い。

毎話どこかにシャミ子がいて、1期から唯一退化したメインどころまである(それくらいかぐや様の声優レベルが高いことの現れなのだが)ので「俺が聞きたいのはシャミ子じゃなくて藤原千花なんじゃい!」ってなったのが今後の懸念点である。

もう全12話全てでズッコケていたので(いい演技は普通にありました)もう、そういうのでは満足できないからだになっちゃったんすよ小原さぁん…となっていた。

 

センス、技術間違いなくある、どう考えても強い、大沢の将来のエースの一人である。

お願いだからシャミ子に引っ張られすぎないでくれ。そうなったら終わる(何が)

 

 

佐伯伊織

遅れてきたスワロウの新生。イメージは高卒社会人入団。

今最も筆者が期待する声優の一人だが、何がそこまで筆者の期待を掻き立てているのだろうか?

いや、そりゃ演技でしょ?ってもう言われそうだが、そらそうよって感じである。

 

 

花守ゆみり(移籍)と遠藤ゆりか(引退)がいなくなり、見事に焼け野原と化したスワロウ。他の所属声優には大変申し訳無いとは思うのだが、エースと4番がいなくなったような物であり、その打撃はあまりにも大きな物に思えた。

もうなにもないじゃん…と一瞬は思ったがこの事務所はP's Voice Artist Schoolという育成機関を作っていた。

ここの二期生である佐伯伊織は、もともとは『BEMANIシリーズ』等の音ゲーにおいての”NU-KO"として歌唱を行っていたという異色の経歴を持つ。

この経歴も、彼女の今の演技を支える一要因になっていることは間違いなく、だからこそ早めに活躍が求められる年齢でのスタートだったが、多くの主要役を既に獲得しつつある。

 

このまだ多いとは言えない出演数に対しての演技面でのレベルの高さと、そのキャラクター性の多さ、またキャラクターへのアジャスト能力の高さが垣間見えるのが、彼女の期待できる大きなポイントではないだろうか?

 

ほぼ初手と言えた『ウマ娘プリティダービー』のキングヘイローは、メインとは言えない役ではあったが、それなりの出演数があり、その上でこの後大伸びをしたらしい鬼頭明里とセットで特に遜色ない演技をしていた事も好材料だったし、

大暴走でお馴染みである日本ダービーでの演技は、切迫感と緊張をしっかりと感じることが出来る。

初手でのこのクオリティであり、愛されキャラであるキングヘイローを全うした。

 

この前後に、遠藤ゆりかが正式に引退。『温泉むすめ』の下呂美月と『八月のシンデレラナイン』の倉敷舞子を引き継ぐという難しい役目を任される。

新人ながらしっかりとこのオタク感がある美月と、寡黙な舞子を演じており、歌の部分でも大きな活躍を見せている。

 

俺を好きなのはお前だけかよ』たんぽぽ(蒲田公英)にてコンテンツ以外での初メイン級の役を獲得。

こちらでは非常に明るい役を演じており、直前のクールでハチナイのアニメ化があったこともあり、そのギャップには中々驚かされた。

オタク感の美月にも言えることであるが、彼女の良さというのは、『やりきれる』所にあるように思える。

オタク感に関しても100で振り切っていけるし、明るい役に関してもウザいくらいやらないとダメみたいな役ではそこまでやりきることが出来る。

このやりきれる、振り切れるという部分は非常に必要な要素であり、ここでやりきれないと、キャラとして立ってこないという問題が発生したりする訳で。

そのような事はないな…と感じさせてくれるのには十分なものではなかっただろうか?

 

Steamで最も売れているHentai-Game、『ネコぱら』のアニメ版でバニラ役を獲得し、メインヒロインの一人を射止める。

こういうアニメ系には割とありがちなアニメ時声優変更パターンで、割と政治的配役の影が見えた今作だが、ちゃんと無難に無口で利口なキャラを演じている。

しかし、割と情に深い所があり、こういう無口系キャラとしては感情表現が比較的出やすいというややこしいキャラではあったが、これを上手く処理していた。

 

今期はゲームまだ系アニメ『Lapis Re:LiGHTs』でアシュレイを演じる。

このキャラクターは騎士出身の堅物であり、傾向として一件ハチナイの舞子と近しい物を感じるが、このキャラクターは可愛いもの好きというギャップ要素が大きい。

このギャップ要素の演じ方については、アニメ化前の音声などでも確認でき、そのギャップをしっかりと表現できている。また異なる顔を出してくれるはずである。

 

彼女の能力の高さは、これだけの出演数でのキャラクターのタイプの違いから見える引き出しの多さと、キャラクターにちゃんとなれる能力、そしてキャラクターを表現する上でのバランス感覚の秀逸さにある。

 

キャラクターになれる…というのは前述したが、簡単に言えばキャラクターと声優との境目がしっかりと存在し、独立した関係に近くなっている所である。

特に地声と異なる役である場合等はこの能力が求められてくるわけだが、ココに関しては概ねクリアしている場合が多いと考えていいだろう。

 

キャラクターを表現する上でのバランス感覚というのは、前述した『振り切れる』の所と通ずる物が存在するが、『振り切れる』という表現があるように、『全部を振り切る脳筋』ではないというところが重要だ。

キャラクターの性格であったりタイプによって、そのやり方や出力を適切に変えないと、特定の役において違和感を感じてしまう…!という場合も存在する。

バニラや舞子のような役は振り切るべき役ではないし、ある程度の押さえをした上で、その中でどれだけいい演技を行えるか?という所が重要となってくる。

彼女はそのバランスをしっかり理解した上で、ここでは感情とか勢いが必要だ!という場面ではしっかり瞬間的に放出できるし、その辺の感覚というのが、音響監督側の裁量も存在するだろうが、きちんとフィードバックできている印象がある。

 

そして引き出しの部分。

端役含め、TVアニメでの経験はようやく両手では足りなくなってきそうな感じ程度の役数でありながら、キャラクターに固定感がない上に、地声任せ感もない。

明るい、お嬢、寡黙、無口、オタク…割と押さえるべきポイントを押さえている印象である。

 

この引き出しの多さというのは、歌手時代の能力も関連していると筆者は考えている。

元々がゲーソン歌手である所もあり、彼女の大きな長所はやはり歌の面という方が適切であろう。

 

BEMANIシリーズ』や『Pop'n Musicシリーズ』、『オトカガール』等の楽曲を担当していた訳だが、その歌での声の種類の多さには中々度肝を抜かれる。

『朱と碧のランページ』が割とNU-KO楽曲で一番好きなのだが(一瞬だけポップンやってた時代がありまして)こちらではかっこいい感じを引き出せている一方で、

 

『キミと、僕の気持ちを描く』は明るい感じで歌えていたりと、多くの楽曲を聴けば聴くほど彼女の能力の高さを感じられる。

『オトカガール』は全ての楽曲をNU-KOが歌唱しているが、その声の種類の多さで歌唱者が明かされるまでは複数人が歌っているという話まで出た程である。

公式系の動画がユーロビート出したときと、オトカガールの一曲くらいしかないので、とりあえず貼っておくが、これだけでも彼女の歌唱においての引き出しの多さがちょっとおかしいのが理解していただけると思う。

youtu.be

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この歌唱側のヤバさはハチナイ等の楽曲でもその片鱗を見せており、温泉むすめの『咲かせよ 沸かせよ バンバンBURN!』では1人4役をやっている事でキャラクターソングでのキャラクターに寄り添った歌唱が出来る可能性に満ち溢れすぎているのである。

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声優においての歌は、やはりキャラクターソングにおいてのキャラクターで歌えるかという部分が非常に難易度が高い事でありながらもっと求められるべき要素ではある。

ここについての能力に関しては、今までの実績が証明している。

 

この能力の高さが声優で演じる点においても引き出しの多さの大きな助けになっているように思える。

筆者的には普通に喋る時の引き出しを作るよりも、歌う時に使う引き出しを作る方が難しいと考えていることもあり、このポイントは非常に大きい。

この能力の高さに期待をしたい訳である。顔が良いから釣られますとか、そういう話は一切していない。彼女の声優としての能力の高さと将来性を考えていくとこれは期待をしたい…という所である。

高野麻里佳のように結構ちゃんと有能なのに顔のせいで逆に損するとかそういうのは本当にもう懲り懲りなので、ちゃんと声優として大成してくれることを望んでいる。

 

 

村川梨衣

俳協の最終兵器』と呼ばれた彼女は、ただただ”天才”としか言いようがない。

筆者としては村川梨衣という声優に今回紹介する声優の中では一番”天才”という呼称を使いたい。そう思わせる声優である。

何と言っても、彼女は筆者に声優の扉を開かせた張本人である。彼女の初主演作品、『ビビッドレッド・オペレーション』二葉あおいの演技に、筆者は本格的に惹かれる事になる。

一言で言えば、「なんだこいつ」と何度も言わされた。

ビビッド・ナビ(最近こういう前フリ番組も少なくなったな)でちょっとわちゃわちゃしてるなあと思ったが、

ビビッドレッド・生オペレーションやら、ビビッドレッド・ラジオペレーションやらの暴走っぷりには「なんだこいつ…」と思わされたし、

それでいて本編の演技は凄く良かったから「なんだこいつ…」ってなり、これが初主演って気づいて「何やこいつ…!」ってなったし、

2.5次元てれびを見て「なんやこいつ…」ってなるし、とにかくそのいつものテンションの高さと、キャラクター演技においてのギャップ、及び上手さによって、完全に声優オタクの道を進ませたのは村川梨衣という存在だった。

 

初主演作品のキャラクターソング、『なんでもちゃんと』は今でも色褪せない名曲であり、村川梨衣という声優のキャラクターソング能力が、初主演当時から屈指の物であった事が理解できる一曲に仕上がっている。あの曲クソむずいんだが?

登場したときからの異様な完成度の高さ、それでいてあのキャラクター性。

最初は誰もが面食らうであろうキャラクター性からにじみ出る異常なまでの気遣いっぷりには、人柄軽視派の筆者も「気遣いがエグイ」ってなるくらいの物であった。気遣いがエグすぎるから話がクソ長くなって尺取り虫になる村川は、割と過去のモノとなりつつあるが。

 

彼女の長所は声優に必要な物を全て持っている上に、そのレベルが全て最高峰である事である。

その中でも、彼女で最も特出すべき点となれば、演技幅という所になってくるのではないだろうか?

 

キャラクターに対しての守備範囲が広すぎる。

全く声が変わるというのはこういう事を言うんだぞ!とか言いたくなってくる位には違う。

 

前述の初主演作品『ビビッドレッド・オペレーション』の二葉あおいはお嬢様感がある役。

のんのんびより』の一条蛍は小学生らしさがない小学生であり、二葉あおいと通づる良い所の女の子感があるが、家に帰ったらちゃんとクッソ小学生である所の演技とかで、このキャラクター性に対してさらなる深みを与えられている。

ご注文はうさぎですか?』メグの声の高さはよくそこまで出るなあと思わせる。

えとたま』にゃ〜たんは村川梨衣という物を全力で使い切ろうという叫び等がある。

ブレイブウィッチーズ』の管野直枝は彼女の男勝り声、少年声に近い所の可能性を世に知らしめた。(まぁ『わかば*ガールズ』真柴直とかであったんだけどな!)

Re:ゼロから始める異世界生活』ラムは、その辛辣な演技が、声のテンションに対してのギャップをしっかり産んでいた。

 

キャラクター性に対しての適切な声を当てることが出来る上で、持ち前の演技力でそのキャラクターの魅力を更に引き出す…という声優として求められる所を的確に行えるのが、彼女の強みである。

そのキャラが持っているキャラクター性に対して、声の高さ低さの幅の広さで対応出来るという所でも非常にお強いのだが、

そこに対して演技力で付加価値を付けてくれる。それが彼女の演技力、もっと言えば感情表現能力の高さである所だろう。

 

彼女の感情表現能力の高さは、ある意味で『リトルウィッチアカデミア』のコンスタンツェ・アマーリエ・フォン・ブラウンシュバンク=アルブレヒツベルガーで現れているようにも思える(名前なっげ)

コイツ、マジで全然喋らない。マジで喋らない。喋ってない時間のほうが余裕で長い、マジで喋らない。

はっきり言おう、こんな役なんてプロ声優なんて誰でも出来るのだ。

もう低音ボソボソ系とかの域じゃないレベルで誰でも出来る。そんな役だ。

そんな役でも、違いを出せるのがガチマジ声優って奴である。そもそもほぼ日本語すら喋らないし。笑った時の破壊力とかがなんだこいつってなってくる。なぜココまで音を発しない役であそこまでやれるのか、俺にはもう分からん。

 

具体的に凄いシーンとかを上げようと思ったのだが、意外とこの村川の良さを上手いこと凝縮したシーンとかがすぐに思いつかなかったので、さっきののんのんびよりのアレとか、ブレイブの管野の声村川から出てるんだぜ…程度で許して欲しい。

まぁ有名な「ウサギガニゲテル」とか「ペチノホウガモットカワイイヨー」とか、ああいうのも村川の良い所である。

ネタにされてる傾向が強いから、あんまり力強く言えないのだが、あそことかの言い方が良いからこそなんだよなあと思っている節を否定することは出来ない。

 

村川の演技においての能力において考えるべきなのは、キャラクターにおいての緩急という点だ。ここが上手い声優は非常に上手い。

まぁ脳死みたいなアニメであれば「かわいい(小並感)」の演技とかを続けておけば良いのかもしれないが、大半がそういう訳ではない。

ある意味で元々の設定から少し崩すような表現を迫られる時もある。

そういう時の”崩し方”というのは非常に大事だ。あくまでもそのキャラクターから外れすぎても行けない、だから崩しすぎてもいけない。

しかし、崩さなさ過ぎると、それはそれで中途半端な感じが出る。

そのいい塩梅が理解できている、または音響監督側のリクエストに応えられている声優というのは強いのである。村川はそこに合致しているのだと思う。

 

よく極論として、声優の演技というのは大半音響監督がクオリティの責任を持つのだから、声優の技量なんて滑舌とアクセントだけしっかりしておけば良いというアホみたいな意見を言う馬鹿がいるが、そんな訳がないだろう。

同じ事を響とエースクルー・エンタテインメントとSとスタイルキューブとクロコダイルとプロダクションエースとスターダストプロモーションとか辺りに向かって叫んでみて欲しい。

音響監督に責任を負わすな。(今回挙げた事務所は技量がカスとかそういう事じゃなくて事務所としての舵取りが下手くそという意味合いの方が強いのでその厳しい環境で育った有能がいることを否定するものではありません)

 

村川梨衣がヤベーのは、最大の能力である演技幅を、ほぼそのままの形でキャラクターソングにフィードバック出来る点にもある。

前述の『なんでもちゃんと』の時点で、キャラソン能力の高さは素晴らしいものがあるわけだが、

極端に高い『ご注文はうさぎですか?』のメグでも、少年声の『ブレイブウィッチーズ』の管野直枝でも、その声でほぼほぼ歌うのでこの人はおかしいのである。

キャラクターソングというのは、歌がうまい必要性というのはそこまで必要ないと筆者は考えており、キャラクターに合った歌い方が出来るかどうかを重視したい所がある。

その点村川梨衣という声優はエゲツないと思う。

キャラクターが歌っているというのがやっぱり理想だが、キャラクターの声のまま歌うというのは相当に難しいことであろう…という事くらいは、素人でもなんとなく理解できる。

その点において、村川梨衣のキャラクター再現度の高さというのは、素直にすげえな…と思うし、こういうのが良いんだよなぁ~~~と思う所ではある。

 

そんでもって、歌自体も結構ちゃんと上手い。ソロデビューをした訳だが、出す毎に良くなっている印象はあるし、

元々からキャラクターソング歌っているときからそれなりには上手かったので、なかなかいい感じだったりはする。

まぁ別に筆者は村川梨衣が好きでもそんなに村川梨衣の曲自体は好きな楽曲は少なかったという過去は存在するのだが(好きな曲は普通にあったけど、タイトル曲に関してハマるのが極端に少なかった印象があるだけです)

アルバム曲とかカップリング曲の方が好きなのが多かったらしいね。

 

声優として『キャラクターを演じる』という所をアニメやドラマCD、ゲームなどで基本求められるわけだが、そういうポイントにおいて、村川梨衣という声優は高い水準で演じきってくれる所が本当に素晴らしいと思う。

そういう所の声優として必要な部分を非常に高いレベルで取り揃えてくれている所で、声優界の扉を開いてしまった所はあり筆者の中で『基準村川梨衣』が誕生したことは否定できない。

この『基準村川梨衣』に関しては、後に筆者の声優オタクとしての生き方を苦しめつつも、割と曲がることがなく現在に至っている感はある。

しかし最早深夜アニメを完全に飛び出し、朝夕夜のアニメへと多く出演していく彼女から声優オタクを始めたことに後悔はないし、この人がいないと恐らく声優オタクにはならなかった気がする。すべてはここから、村川梨衣という事で。

懸念としては、彼女が文字通り『俳協の最終兵器』にならないかどうかくらいだ。

 

種﨑敦美

嫌いな奴おる?ってくらいにはもう完璧としか言いようがないまである。

演技力、演技幅共に現代声優では最強と言っても良いその能力としてのヤバさは別格という言葉を使っても良い。

この方の凄い所というのは、前述の通りの演技力及び演技幅な訳だが、端的に上手いという表現で言わなくていいくらいにはこの人の凄さというのは理解できるところがある。

 

そのレベルの高い演技力という部分には、声を使い方の上手さ、スキル面が大きく支えている印象がある。

それは『声の発音の使い方』と『息の使い方』という部分だ。

『息の使い方』というのは、吸う方をイメージされる場合が多いと思うが、吐き方という所にもあるように思える。

セリフに入る前に入る息の使い方で感情って伝わるんだなとか、そういう事を思い始めてしまえる位には、息の使い方が上手い。

『発音の使い方』というのは、ある意味で日本語の発音を崩すという部分である。

 

コレに関しては『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』第8話の双葉理央を見てくれとしか言いようがない。

全く同じようなセリフ3つで、彼女の能力が凝縮されている。

1.「花火、私も行っていい?」

2.「わ、私も花火行きたい」

3.「私も一緒に花火行きたい」

このセリフは短い数分の間に出てきた、同じ趣旨のようなセリフだが、双葉理央の心情がすべて異なるというシーンだ。

『同意を求めたいけど不安』『結構無理やり言った感じ』『意思が固まった』

という結構違う感情を、彼女はどう演じたのか?

 

ここに前述の『息の使い方』と『発音の使い方』が大きく絡んでくる。

1.「花火、私も行っていい?」

に関しては、「花火」の「は」の所の前から入ってる息の入れ方が、非常に上手い。

この「は」に繋がる息だけの「ハァ~」から、実際の発音の「は」に繋がり、息の量が非常に多いセリフは、不安感というのを凄く伝えてくれる。

咲太に対して同意をして欲しいという所、気持ちがまだ強く定まっている訳ではない所、そういうのがここの不安感によってかなり強く出ているように思える。

 

2.「わ、私も花火行きたい」

は、この最初の「わ」の発音の仕方がマジでクッソ上手い。

「わ」の後になんか付いてるんですよね、日本語で表せない何かが。

この発音によって、躊躇をしているという所が凄く出る。

もちろんセリフとしてその躊躇が入っているからこその「わ」である事は言うまでもないが、この躊躇感をさらに引き出してくれる発音がさらにそういうリアリティを高めてくれる。

そしていつもよりも張り目の声で発音も強めに、そんでもって「行きたい」の「たい」に息が多く入っていることで、勢いをつけて言っているという風に感じることが出来る。

 

3.「私も一緒に花火行きたい」

は、理央の気持ちが完全に固まり、もう一人の自分と電話してのセリフ。

ここはこの電話での理央の話している雰囲気から、ブレス一つとセリフ一つへの緩急が付けられている。

どちらかと言えば、このセリフの前の電話は、躊躇とかそういうのも感じるようなやり取りに思えるわけだが、

ブレス一つからの「私も一緒に花火行きたい」はものすごく強い意思を感じさせる緩急を付けた展開とセリフではないだろうか?

その意思の強さが一息でいつもより早めに言っているという点でもあのだが、それでいて、「行きたい」の「たい」に多くの息が入っているわけではない。

これは2と比べて勢いで言っているわけではない…という風に感じることが出来るわけですよ。

 

天才か~?この多くのスキルを色々な場面で上手く使っている。

声優というのは、ある意味で普通(三次元)よりも大袈裟な演技が求められる。しかし、それをわざとらしさと受け取られてしまうと、それはそれで上手いと言える事はない。

そのバランスが非常に上手いのは、こういうスキル面が育っているからなんだろうか?

 

この演技力だけでも凄いのに、ここに演技幅まですげえんだぞってなってくるんだから、この人はおかしい。

彼女の演技幅の凄い所は、そのシームレス感である。

低音から高音までしっかりと演じられる上で”ちょっと上”とか”ちょっと下”とかそういう微調整までやってのける。

その多段階っぷりの凄さに加えて、声幅が本当に広い。

『同じ人間がやっているようには思えない』というのは顔が見えない状態で演技をする声優にとっては最大の褒め言葉であると筆者は考えているが、そこに合致する声優というのは中々いるようなものではない。

その数少ない声優の一人と言えるだろう。

魔法使いの嫁』の羽鳥チセや、『響けユーフォニアム』鎧塚みぞれのようなどちらかと言えば低音系、ボソボソ系から、

ブレンド・S』天野美雨や、『大図書館の羊飼い』小太刀凪のお姉さんやら、学生やら…幅広く、

ハイスクール・フリート』西崎芽依や、『ノラと皇女と野良猫ハート』明日原ユウキ等、テンションの高いキャラも出来る等など、

数個の作品を見るだけで、彼女の万能さ加減は分かるモノである。

そして、今年に入ってから少年役という所が本格的に開放され始めている。

『シャドウバース』の伊集院カイで遂に本格的に出てきた少年役…!と思っていたら、

ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のダイをやるとかになってひっくり返ってしまった。

 

低音ボソボソ役は誰にでも出来るが、違いを出せる声優は違いを出せる…という典型が彼女である。

特に『響けユーフォニアム』鎧塚みぞれは、感情が表にあまり出てこない役でありながら、『ココだ!』という所での演技で感情を爆発させてきて心揺さぶられて筆者は敗北する。俺が悪かった…(何が)

 

ノイタミナ』での複数回ヒロイン、俳協への移籍、第14回声優アワード助演女優賞受賞、ジャンプセンター獲得…その能力の高さは最早ここまで説明する必要性がないのかもしれない。

こういう方に『別格』という言葉を使いたい。素人でも分かる次元での違い、声優全員に「この人を目指してくれ!」と言いたくなるが、その壁はあまりにも高すぎるので言えないレベルの別格。

ホントクッソ好き、その腕と能力と軌跡にひれ伏すしか無い。

 

 

今回は、『好き』の声優の方をひたすらに良い所を具体的に言うという記事となったが、割と楽しかった。やっぱり好きを語れなければオタクとしてはいけませんわと。

書いてみた結果として、割と『この人の良い所どう書こうかな…?』と思っても、作品とか見直したり、出演作見たりしたらちゃんと好きだったら取っ掛かりが見つかって、書けるもんだなと思ったり。

かなり細かなスキル的な所まで突っ込んでみたが、筆者こういう事を常に考えているような性分なので、なんか文字にすると怖いなコイツ…って思いながらも『嫌い』側と同じくブレーキを踏まずに書いてみた。

 

結局、筆者が声優に求めていることって

1、顔でないんだから引き出しはいくらでも増やせ

2、引き出しがないんだったら演技で心を揺さぶって欲しい

3、両方あったらめちゃくちゃ嬉しいから崇め奉る

 

くらいなんだなと改めて感じた。

非常にシンプル。過激派とか言いながら求めている事はかなり簡素で、誰にでも分かる内容だった気がする。

 

ただ、シンプルだからこそ、過激派なのかもしれない。求めていることが少ないから、それに該当しない事によって反応を起こすのだし。

 

『好き』『嫌い』両方の声優についてかなり理由、「何故(好き・嫌い)なんですか?」を突き詰めた今回の二つの記事だが、最早『好き』『嫌い』という言葉で伝わることってなんなんだろうなってなってきてしまった。

言語化することは中々の難しさであったが、これをしたことで自分の中での整理も結構付いたし、その上で発信している側としてのスタンスをかなりはっきり出来たんじゃないだろうか。

 

主張を続けていくのであれば、何が好きで何が嫌いなのかをはっきりさせておいた方が、受け取る側もわかりやすくなるのではないだろうか。

別にここまでド正直にやりきれとまでは言えないかもしれないが(文字数が両方で5万近くなっているのだし)本当に好きなら、嫌いなら、こういう所まで言えてこそだろう?とどこかで思っている所はある。

 

今後はもうちょっと好き側の事もブログにしたいのだが、出来るほどにそんなに好きが頻発すること少ないし、苦言を呈する!みたいな話題のほうが多いのが現実だったりする。

 

というわけで、人に文句を言う前に自分の趣向を洗いざらい出してみたので、今後はこの記事をぶん投げるだけで事足りる事になればいいなとか思ったり…

他人の土俵に上がる前に、自分の土俵を綺麗にして欲しい。

 

以上。