声オタおにじくんの声学審問H!

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過激派で有名な(?)おにじさんが、声優の事を語ったり。

声オタおにじくんの声学審問H!


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#グレパ ラジオ第51回で、改めて声優過激派は『言語化』を考える。

ちゃろ~、おにじです(激寒)

 

今回は、前々から考え続けていた事に関する事があったので、それを交えながら筆者の考えを述べていく感じの記事になる。

声優過激派である筆者がいつも言っていることに関しての記事である為、割とブログ的には本筋の話になりそうな…

 

7月9日、音泉にて更新された鷲崎健藤田茜のグレパラジオ』第51回において、興味深い、面白い話があった。(ラジオを聴く文化はそれほどない筆者だが、グレパは割と聴いているのだ。)

www.onsen.ag

 

前日Youtubeで行われた音泉の特番、音泉特番生放送 ~鷲崎・藤田がイカれた情報を紹介するぜ~』の話がラジオ中に出てきて、メールなども読まれていた所から、話は始まる。(グレパ27分頃からの話題)

 

youtu.be

ファイルーズあいさん(プロ・フィット/準所属)の新番組、『ファイルーズあいの“愛”・ルーズ・Fight!』の話題となった。(生放送自体では49分頃からファイルーズが登場)

 

このファイルーズの新番組は、

キャラクターへの愛はもちろん、筋トレ愛、まんが愛、推しへの愛など

熱い声優・ファイルーズあいさんの溢れんばかりの「愛」を詰め込んだ番組です。

推しのことを考えると、表情などついついだらしなくなってしまうという意味での「loose」。

時には熱く、時にはクールに?、その想いを放出していきます!

さらに、ゲストさんとゲームなどで対決したり、リスナーさんを励ましたり

リスナー同士で競ってもらうという「FIGHT」の要素も交えながらお送りします!

という、好きな事への愛を語る番組らしい。

特番でのファイルーズあいさんは割と突っ走っており、まぁ3年目の声優とは思えない感じであった。

 

その熱量を鷲崎健さん(アトミックモンキー)と、藤田茜さん(賢プロダクション)が喋っている所から、今回筆者が気になった話は始まる。

 

藤田「ファイちゃんがちょっとイカれてて」

鷲崎「でもアレが通常なんでしょうね、オタクの陽キャって感じ」

藤田「好きなことを語る時の熱量が凄そう」

 

この”好きなことを語る”から、話が展開していく。

 

鷲崎「その熱量を熱量があるだけじゃなくて、ちゃんと言語化…自分なりの言語化をどれくらいしてくれるのか」

 

このブログをよくよく読まれている方なら、何が気になったかは瞬殺で分かるだろうが、当ブログでも散々言ってきた『言語化』というモノ。

これがグレパラジオで出てきたのである。

 

というわけで今回は、筆者がやたらめったらブログTwitterで言い続けてきた『言語化』について、グレパラジオでのお二人の会話をはさみながら、考えていきたいと思う。

 

f:id:oniji:20200718212651p:plain

ここまでサムネに全力を注ぎ込む必要性はない




※今回は引用が多めなので、メリハリを付けるのとわかりやすくするという意図で、引用している部分は敬称略、本文には敬称の『さん』を付けてみる実験をしてみる。どうだろうか…

 

 

言語化は大事であると考え続けている

まず前提として筆者の考えとしては、『好き』といか、『嫌い』含めあらゆる事の言語化は大事であると考えている。

勿論、『好き』とか『嫌い』とかでその単一的な感情は伝わるかもしれないが、その詳細が分からないと中々共感してもらうのは難しいのでは?とかは割といつも言っていることである。

こういう事はラジオでは大事であると、鷲崎さんも話している。

鷲崎「それがどれだけ真っ直ぐなのか、どれだけ歪んでいるのか、どういう風に持ってきたのか、それをどういう風に言語化してくれるのかがラジオなんで一番大事なんで楽しみ

藤田「確かに、好きなものって言語化したくない物も沢山ありますからね」

鷲崎「そうなんですよ、でもラジオというものでそれをやるぞ、って決めたのであれば、何か折り合いを付けたり…まぁ好きな人を語りたい人なのかもしれないですしね」

これは、ラジオに限らず、何かしら『好き』『嫌い』に関しての事を話したりとか、書いたりする際にも共通のことのように思える。

何かを伝えたい、気持ちを伝えたい場合は、やはりのこういう事を言語化して伝える事によって、よりニュアンス等が出てくると思うので、大事なんじゃないかな?と筆者は思い続けている訳だ。

 

ただ、こういう言語化ということを簡単に言ってもこれが非常に難しく、またある意味での恐怖があるのも事実である。

藤田「そうですね、言ってましたもんね。『自分の好きなものを皆にも好きになって欲しい』って言ってたんで、もうそれが根本的に私とは違うなって思ったんですけど」

鷲崎「なんかね、これは難しいですよね。わ~この話ホントに面白い。やっぱりラジオだな~と」

藤田「あ~はいはい」

鷲崎「好きなものを誰とも理解を別に言語化してして欲しいわけではない。って、今ホントに簡単に言いましたけど、これが『えっ』って思う人は『えっ』って思うわけですからね

藤田「う~ん」

鷲崎「『えっ、どういうことですか?』ってなる人はなる訳ですから」

藤田「あ~そうなんすk…そうなのかぁ~!?(笑)私がそうじゃないから…」

鷲崎「僕はどっちもありますから」

これは、藤田さんが『自分は言語化したくないタイプである』という話をしている内容からも理解しやすいものになっているので、そこを見ていこう。

 

 

言語化することによっての恐怖

 

ラジオでは、藤田さんが『なぜ言語化したくないのか?』の理由を鷲崎さんが探っていく展開になっていく。

藤田さんはまず、「『そう藤田さんが言ってたんで、買ってみました、読んでみました』と言われたら嬉しいけど、それは押し付けになっていないか?」という話をするのだが、ここで鷲崎さんが『鷲崎さんが思っていた藤田さんが言語化したくない理由』を話始め、そこから話がより展開していいく。

 

鷲崎「何か、とにかく言語化して心の中で、世の中には『好き』とか簡単な言葉になっているけれども、なんか自分の心のいろ~~んな引っかかりみたいな物が、その何か分からないんだけど、その対象に何故か引っかかって、興味を持って。愛のような物を寄せてて、

これを理路整然と分解して、何故・理由みたいな物を口にしちゃった瞬間に、なんか違うものになってしまうんじゃないか?

藤田「う~ん、はいはいはい…(納得感)」

鷲崎「だから言語化したくないって人もいるじゃないですか。俺これだと思ってたんですよ藤田さん」

藤田「あ~~っと、それよりは自分の中にある『好き』みたいな感情を、上手く言語化出来ないから、私の持っている言語で言語化しちゃうと、『嘘』になるって思っちゃう

鷲崎「な~るほどいいですね~、ホントいいですね~」

藤田「ホッントこれ、作品のキャラクターについて話す時とかもそうで、もうホッント、感情だけでやってたりする所もあるから、それを言葉にしようとすると、『う~んとね、そうじゃない、全部嘘』って思っちゃって物凄い苦手なんです」

鷲崎「分かりますよ」

鷲崎さんが言ったことと、藤田さんの言っている事というのは、割と系統としては近い訳だけども。

好きな事を言語化しようとして、いざ言葉にしてみたら、自分が思っていることと少しずれてしまう事とか、全く違うものになってしまうとかってどうしても出てくる時があると思う。(鷲崎さんがズレるで、藤田さんが違うものという話)

 

言語化しよう!って簡単に言っても正直クソ難しいわけである。

それこそ『直感』『フィーリング』『なんとなく』っていうのって全部それだったらちょっとアレだが、一部分とかでそういうのがあったりするのは別に普通だと思う。

上手く言語化して、自分が思っている事と同じようなものにしないと、相手に間違った感じで伝わってしまうのではないか?というある意味での恐怖は、筆者も常々感じていることだ。

だからこそ時事ネタ以外は定期更新にして、時間をかけてブログを書いて、何回か見返したり、他の人に意見を求めたりしてから投稿する場合もあったりはする。

まぁ言語化しろと何度も言っている以上、変なの上げられないな…と思っている所もあるが。

藤田「アンケート書くのに2、3時間掛かってた事とかある」

鷲崎「良い顔するなぁ~…でも、だからこそ難しいですよね。絵にしろって言うのと同じだもんね、『それ絵にしてください』って、『何?絵にする』って」

藤田「でも、それの方が分かりやすい人多いかも、そんな風に『思い描いてる奴を絵に上手にできないよ』っていうのと一緒で…」

ここで、鷲崎さんが『絵にする』を例に挙げましたけど、自分の考えを文字に変換するのって、そういう表現であっても良いんじゃね?って位には難しい事はやっぱり事実としてあると思う。

でも、そうしなくちゃいけない時とか場合ってある訳で。

藤田「だからホントに上手に書いてくれたライターさんの事忘れられない」

鷲崎「あ~素晴らしいですね」

ここで藤田さんが、上手く言語化してくれたライターさんのお話をし始める。

言語化しなければならない立場とも言えるライターという仕事の話から、言語化をすることの難しさと、どう言語化していくのが良いのか?を考えていく。

 

 

上手な言語化を目指して

グレパでは、このライターさんが上手く書いてくれた事のエピソードが語られる。

藤田「ココのスタジオの会議室でインタビューしてくれた、男性のライターさんだったんですけど、物凄く上手く書いてくれて…

ロクでなし…ロクアカ(ロクでなし魔術講師と禁忌教典アカシックレコード) / アニメは2017。藤田はヒロインのシスティーナ=フィーベルを演じた)っていうアニメのDVDのブックレットのインタビューだったんですけど、全然話せなくて、言葉に出来なくて」

鷲崎「はぁ~…はい」

藤田「もう『ごめんなさいごめんなさい』って、もう凄い詳細に何話が何でっていうのを(ライターさんが)メモしてきてくれてて、『あっ、じゃあそれはこういう所がこういう事ですか?』とかってのを聞きながらやってくれた方がいて」

鷲崎「へぇ~素晴らしいですね」

藤田「そう、ブックレット読んで感動したもん。『あっ、なんか大体ほぼあってる事が書いてある!』って思って」

(一同笑い)

藤田「『全然私が言葉に出来なかったことが、文章になってる!』ってなった記憶があります」

鷲崎「言葉にした時点でそれは何か本当のものからズレてしまっているのでね、う~ん…」

藤田「それでもその方は近い言葉で書いてくださっていて」

ロクアカ…懐かしいですね。あんま期待してなかったけど意外といいアニメだった記憶ありますよ。

宮本侑芽さん(劇団ひまわり)って上手くね?って本格的に思ったのがココだったな…

 

anime.dmkt-sp.jp

ロクでなし魔術講師と禁忌教典

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ここでのライターさんの努力がマジですごいもんだなと思ったり。

どこで何があったのをメモしておく事によって、言語化への助けになってるわけだが…これがとんでもなく大変なのは言うまでもない。

 

でも本当にこういう物をちゃんと言葉にしたい…!と思ったら徹底的にやるというか、そういう気概と情報が必要なんじゃないかなって思うわけだ。

これは別に『好き』『嫌い』に限らず、『何かを伝えたい』というときにもそうなんじゃないかなと。

『ここのここが(場面)こうだから(動きや出来事)こうなんだ!(結論)』みたいな感じで、そういう具体性とかの、数字とか、行動とかそういうので攻めていくしか無いというか…

そういう物を一つ一つ積み上げていくことが、言語化においての大切なことなのかもしれない。

 

 

 

言語化は難しいが、特に素人が主張をするなら避けられないのではないか

言語化に関しての難しさを掘り下げて行った訳だが、グレパラジオでの締め方はこんな感じになっている。

鷲崎「地図みたいなもんでね、書いた地図とその土地は違うもんですからねやっぱりね」

藤田「あ~~確かにそうですね、図面上だけじゃ」

鷲崎「う~ん、構築…分解して、再構築して、文学に…また違うものにして、語ってしまうしか無くて、そうしたらそうしたでまた凄く分かりづらくて。でも、それは『自分』というフィルターを通して分かってもらうしかない。でもそんな事をしてまで、説明する理由はあるのか?…になってくるわけですよね」

藤田「そうですね」

鷲崎「コレが中々難しい。僕もやっぱり自分のラジオの中で自分の好きなものを語ったりしますけども、まぁでも…難しいです。どっちかって言うと少ない、実は少ないですね。自分の好きな事を、そういう風に語る事は」

藤田「作品だと、作品を私達宣伝するのを追ってるんで、それだとまた違うんですけど最近では」

 

鷲崎「WUGちゃん(Wake, Up Girls!)の話をずっとしてた時も、『なぜ好きなのか』はもう喋れなかった気がしますね」

藤田「は~~」

鷲崎「ギターの話する時もそうなんですけど、『ギターを教えて下さいよ』って言われた時、これ何度も言ってるんですけど、僕はギターを初めて触った瞬間からもう楽しかったので、『ギター楽しい』は教えられないというか」

藤田「そうですね」

鷲崎「テクニックは言語化して、体系立てて教えられますけど、この『楽しい』が教えられないのと同じで、『なんで好きか?』は意外と言葉にしづらいですね」

藤田「そうですね~」

鷲崎「グレパ節って感じしませんか?(笑い)

藤田「(笑い)良いですね~w」

この話、どうやら嫌いの方の話もしていたようですが、これはカットされた模様(クソ聞きたかった)

 

好きの言語化というのは非常に難しい。

そして、そこまでする必要性があるのか?という所に入っていくとかなり難しい話になっていく。

たとえ自分が正しい形で言語化できたとしても、相手には相手の中のフィルターが存在して、それで分かってもらうしか無い。

だから、相手のフィルターが自分のフィルターと大きく違う場合はまた違うように捉えられてしまうかもしれない。

そういう事を考えていくと、言語化するのを放棄したくなる時はやはりある。

 

今の世の中と自分の考えがマッチしているのであれば、誰かが勝手に行ってくれるし放置しても良かったのかもしれないが、残念ながらむしろ真逆に進んでいるところがある。

だからこそ、筆者はこのブログで問題提起をしたり、批判したり、褒めたりしたり、そういう事を行うわけである。

 

結局のところ、発信しないと相手に伝わらない。そして、オタクという生物は非常にアホである。(筆者含め)

アホにはちゃんと説明をしてあげないと分からない。

端的な『好き』『嫌い』ならまだマシだが、『尊い』『てぇてぇ』とか言っているオタクはもう手遅れなのかもしれないが、

自分の思っている事を特にオタク層に向けて(まぁ企業系にも同じだとは思うが)言う時に言語化というのは重要な要素のような気がする。


ましてや、色々な事を主張したり、肯定したり、批判したりする筆者のようなタイプは一番避けてはいけないものではないだろうか?

ある意味での主張というものには根拠が必要であるし、納得させるだけの熱量というのが必要である。まぁ言ってしまえば筋が通っているか?というところにも通ずる。

一見同じような物に対しても好き嫌いが分かれている…とかの場合は特に納得できるような理由を言語化出来ないと、ただのダブルスタンダードとなり、説得力というものが低下すると思う。

もっと簡単に言うのであれば言語化というのは主張するにあたっての『筋を通す』に大きな一助をしてくれるように思う。

幾ら長い主張であっても、筋が通っていなければ意味がないし、それをするためには言語化というのは特に素人の主張でであれば避けられないように思える。

 

この言語化を避けてただただ主張している人間はただの自分の意見の押し付けの域を出ることができないのではないか?と思えてならないのだ。

 

筆者は、そういうのにならないためにもこれからもクソむずい言語化を出来るだけ自分の思っていることが伝わるように、割と詳細に記載していきたい所存だ。

 

…しかし、グレパラジオはこういう話がたまに聴けるから楽しいんだよな。

鷲崎×藤田がここまで良いものになるとは思ってなかったよ、最初発表された時。

音泉さんリニュアルおめd…まだか(7/27

 

以上。

 

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